アルバイト、色々してはみたが

色々、アルバイトはしてみたが

学生時代していたアルバイトの話です。
私にも色々な職種をアルバイトした経験があリます。

ちょっと変わったアルバイトから普通のアルバイトまで
もっとも普通のアルバイトがどんなものかと聞かれても
いささか返答には困リますね。

アルバイトの職種なんてたくさんあるから
どんなアルバイトが特殊かなんててあまり意味がないですね。

私が普通のアルバイトと思ってしていたのは
当時(?)ターミナル駅によくあった
屋上ビアガーデンでウエイター

夏前になるとアチラコチラで求人があり
かなりポピュラーなアルバイトでした

大ジョッキを片手に5本両手で10本。
客席の間を行き来していました。
私は両手で6本ほとんど戦力とは言えませんでした。

屋上から階下に降り
駅ビルの入り口で呼び込みもしたこともありました。

今ではとても羞恥心が先に立ち
とてもできそうにありません。

他には誰でも一度はしたことのある(?)測量の助手
ポールを持ってあちこちと。
まだ開発途上の郊外、新しい道路の候補地で夏休みなどは定番のアルバイトでした。

あとは工場の作業員などもしました。
作業員さんと意気投合して夕方などよく飲みに行き。
浪人生の身分など忘れて飲み歩いていました。

その甲斐もあり
次の年見事に大学は不合格。
自業自得とは言え散々な浪人時代でした。

ちょっと変わったアルバイトといえば

高校生の時、正月に寿司屋で出前持ちをしていたこともありました。
近くの住宅街に注文の寿司を運ぶ。
もちろん原チャリなんてありませんから自転車です。

おかもちを片手に持ち自転車を漕いで配達する。
届けた寿司は寿司桶の中で横になっていたことも有りました。

出前持ちなんて今は死語になっていますよね。
今ではデリバリーと言っているのでしょうか。

今では寿司屋も店鋪を構えた寿司屋からデリバリー専門店へ。
もっとも出前、いやデリバリーの主力はピザかも知れません。

編集と言えば聞こえは良いが

そしてこれから話すアルバイトは編集者
今では当たり前にあるタブロイド判のタウン誌のことです。

そこで編集のアルバイトをしていたいました。
といえば聞こえはいいのですが
全くの素人ですからアシスタントの見習い。

当時購読していた新聞のチ折込ラシに入っていた広告につられて
面接に行ました。

さぞや応募者で溢れているに違いないとダメ元で受けに行ったのですが
そんな心配など私の思い込みだけで、面接に来ていたのは

たった一人私だけでした。

もちろん即決で決まりました。
面接もなにもただ世間話をしただけでした。

あっけないほどに簡単な面接でした、新聞社とは名ばかりです

新聞社などと書くと事務所の中では何人もの編集者がいて
編集室の中の活気のあるシーンを想像されてしまいそうです。

だが我社はといえば初老、いや間違いなく年寄りと言ったほうがいい
小柄であるが怖そうな編集長が一人。

それに私の母親くらいの歳のママさん記者(そのように呼ばれていた)
そして新米である私の三人。

あとは事務所を間借りしている新聞専売所の事務員さんが一人
たまにお手伝いをしてくれたりしていた。

取材に行くとき専売所の運転手さんがそのつど運転してくれた
要するにたった三人で紙面作っている新聞社でした。
本当にごくごく小さな新聞社でした。

もともとは何店鋪か経営する新聞専売所のオーナーが
趣味(?)で始めたような新聞社でした。

しかし編集長だけは一流の通信社出身。
その新聞専売所の親会社、〇〇新聞社の関係で
編集長は招集されてきました。

ここでのアルバイトの体験は今でもいい思い出です。
新聞作りのいろはも知らなかった私には本当に勉強になりました。

もしアルバイトでも編集に携わることがなければ
その後業界紙で働くこともなかったに違いありません。

もっともそれは業界紙では
編集記者として働いた訳ではありませんでしたが。

私のアルバイト体験を書いてきましたが
「こんなアルバイトしたこと有るよ」と言う人もいれば。
「こんなアルバイトがあったの」と思った人もいるかも知れませんね。

参考になるかどうか思い書いてみました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

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